戦争にいく馬なので、飼い主は、馬に乗ったり、荷物をつけたりする
ことは、禁じられました。
 たくさんの馬が、水戸をめざしていくのですから、人どおりのない夜道
がえらばれました。やがて、飼い主に手綱をとられ、一列にならんで出
発しました。 星がかがやきはじめ、ありがたいことに月夜の晩となりま
した。    パカッ、パカッ、パカッ・・・・・・。
 馬たちのひづめの音が、山や谷にこだまし、行列は、影絵のようにつ
づきました。 とちゅう、バケツで、川から水をくんできては、馬にのませ
ました。 背負子にしょってきた、飼い葉もたべさせました。
 黒田さんも、用意してきたにぎりめしをたべ、夜通し歩きつづけました。
夜が明けるころ、やっと水戸につきました。 とうとうさいごのわかれが
やってきました。
 「死ぬんじゃないぞ、げんきでな・・・・・・。 栗毛の馬よ・・・・・・。」
 黒田さんがほおずりしていうと、馬の目から涙がこぼれています。
黒田さんの胸もあつくなりました。   その後、馬は、まもなく戦争に
つれていかれたということです。
 馬がいなくなって、しばらくのあいだ、黒田さんは、ぼんやりとすごし
ました。 ときおり、馬小屋から、コツ、コツと板壁をたたく音や、息づか
いまできこえたような気がして、はっとするのでした。
 (いまごろ、どこで、どうしているんだろうか・・・・・・。)
、黒田さんは、百二十円のお金をにぎりしめました。 馬を軍にわたし
て、もらったお金です。 このお金で、なにか記念にのこるようなことを
したいと考えました。
 黒田さんは、つねに進歩的な考えをもち、とくに園芸には興味をもっ
ていました。  農業の雑誌を読み、日記もつけていました。  その
黒田さんの胸に、リンゴの苗木を植えてみたい・・・・・・という思いが
めばえました。 リンゴなど、そのころは、めったにたべられない、ぜい
たくな果物でした。  黒田さんの目に、たわわにみのった赤いリンゴ
の実がうつりました。
 (馬が軍馬にとられたのを忘れないように、記念にリンゴをうえよう!)
 黒田さんは、そう決心しました。 でも、作付統制令といって、畑には、
イモやムギや陸稲など、食料しか植えることができませんでした。
 黒田さんは考えました。 畑でリンゴがつくれないのなら、林の中なら
いいだろうと・・・・・・。

P.3