馬とりんごの木
高井節子 著 ・ 茨城の童話(リブリオ出版)より
リンゴの花がいっせいに咲き出すと、山里は、 かすみの中にうもれたようになりました。
すきとおった風が、あまずっぱいにおいをはこんで吹いています。
ここは、常陸大子の小生瀬(こなませ)にある黒田リンゴ園です。
南のほうに、白樺の山の白木山、そのむこうに、男体山がみえます。
庭さきから、ずっとリンゴ畑が広がっています。 リンゴの木をながめ
ているおじいさんが、黒田一さんです。 すこし腰がまがっていますが、
体は、まだ、しゃんとしています。
きょうも、黒田さんの家族は、総出で受粉の仕事をしています。 花が
ひらいて、二週間ほどのあいだの仕事でした。 空がくもってきました。
(あと、二、三日、晴れてくれたらのう・・・・・・)
黒田さんは、いのるように空を見上げました。
すると、黒田さんの思いが通じたように、雲間から、さっと明るい日ざし
がこぼれました。
そのとき、黒田さんは、はっとしました。 一頭の馬が、リンゴの木の下
にいるではありませんか・・・・・・。 「おおっ、栗毛の馬よ!」
黒田さんが、そうつぶやいたとき、馬の姿は、光の中にすいこまれるよ
うに消えていきました。
黒田さんは、栗毛の馬を見た木に近づきました。 さいしょに植えた、か
かえきれないほど、大きくなった古いリンゴの木です。 四方にのばした
幹は、何本かの竹の棒でささえられ、根元が大きなウロになっていまし
た。 それでも、枝いっぱいに花を咲かせていました。
(軍馬にとられたんだから、栗毛の馬が帰ってくるはずはない・・・・・)
黒田さんは、ふっとため息をつき、そっとリンゴの木に手をおきました。
おくさんは、米のとぎ汁を大がまでわかして、馬にのませたりしました。
馬小屋は、家族があつまる囲炉裏から、よくみえるところにあったので、
栗毛の馬は、黒田さんが、まだ若かったころ、飼っていた馬でした。
いつも家族といっしょでした。
黒田さんの娘や息子たちも、大がまの火を燃やしたり、えさ運びなどを
黒田さんの一日は、夜明けに起きて、馬の飼料の草刈をすることから
はじまりました。おなかがすくと、馬は、しきりに前足で、コツ、コツと板壁
をたたくのです。